過敏性腸症候群との10年。
私の、自分の症状についての最初の記憶は、小学校6年生の時のことです。
常にお腹にポコポコとガスが生まれ、それが出てしまう。それは自覚のあるものでした。たまに出てしまうのではなく、数秒ごと つまり常に出てしまうのです。
ある時、話をしようと振り向くと、後ろの席の男子が鼻をつまみ、教科書で私の後ろを仰いでいました。この時、無意識にもオナラが出ているのかもしれない と思いました。
しかし、皆様にとってもそうであるように、私にとってもこの症状はとても恥ずかしい問題であり誰にも相談できないまま、中学校に上がりました。
私の名前はアで始まるので、必然的に1番前の席になりました。私は初めから、後ろの席の子を見て『ああ、この人も私のガスの臭いに悩まされて授業を受けるのか』と思ってしまい、学校生活がとても嫌になりました。
(文にすると面白いですね、実際全然面白くないんですけど…)
そして近くの病院で 過敏性腸症候群じゃないかと言われ心を安定させる リーゼ トランコロン そしてガスを消すガスコン、お腹の調子を整える ラックビーの4種類の薬を飲み始め、現在も使用中です。
それ以前にも、他の病院にて薬を出された事がありましたが、それらの効果はありませんでした。私は下痢の症状も頻繁にあったのですが、4種類の薬のおかげで、頻繁に下痢する事がなくなりました。
中学3年生の時は、この4種類の薬を飲みつつ担任の先生がうまく私を1番後ろの席に持って行ってくれました。当時、私はよく保健室へ行っていました。保健室の先生はこの症状にあまり理解がなく、オナラが嫌ならガスを口から出しちゃえばいいじゃない?などと言われ、先生は考えて言葉にされたのか分かりませんが、私からしたら真剣に考えてないとしか思えず、ムカつきました。
ある時、担任の先生には、常に1番後ろだと不公平だし怪しいから毎月ある席替えの2ヶ月に1回にしよう、と言われました。真ん中の席の時は 後ろの席の子は常に口元にタオルを当ててました。
自分では臭いを嗅がないから分からないのであろう先生に、勘違いだよ。考えすぎだよ。と言われました。その度にそうでありたいと思いました。
しかし妹と2人で部屋にいる時に突然『お姉ちゃんオナラしたでしょ!』と言われ、私としては全く自覚が無かったことだったので、この言葉はとても大きく、悩みました。
元々考え込むタイプでもあったので、親に精神科に行って相談したいと言い、なんとか理解してもらって、1度精神科へ行きましたが、「そういう患者は多く居るけど勘違いだよ」と言われました。
同時にお腹もとても弱く 授業中、よくトイレへ行きました。高校に上がっても、やはり1番前の席でした。更に、席替えもありませんでした。しかし、私は緊張するとガスか出るか、お腹の調子が悪くなるのだと自覚していました。
このクラスは席と席のの間隔が遠く、授業中に寝て居る生徒が多かったので寝て居る間はストレスがかからず、ガスが漏れないのでは?と考え、ほぼ寝ていました。その為 あまり辛い記憶はありません。
その後、大学へ進学しました。推薦入学した有名大学で、授業のレベルが高くまたストレスを受ける日々を送りました。座席は選べた為、常に後ろに座りましたが、しかし、そこで新たに問題が発生しました。
気の強い友達に、「Aちゃんってよくゲップするよね笑」と言われたのです。あまりに唐突で衝撃的だった為、「してないよ笑」と言ってしまいましたが、とてもショックでした。
しかし、心当たりはあり、大学の講義で隣に座っている友達の中には、すごい嫌そうな顔で咳払いをする人や、くさい臭いを吸ってしまったことにより、吐き出すような溜息をつく人が多かったのです。
電車で吊革につかまっていた時、前に座っていたサラリーマンはずっとイライラしていて私の方を見て鼻を摘みました。
そして満員電車の中、どこかへ移動し新たにその席に座る人がいると、その人も同じようにしました。
私は臭いにはとても気を使っていて、お風呂にはとても長く入り、清潔にしています。そのため、これは、胃からくる口臭だと考えました。
しかし中学から4種類の薬を頂いているお医者様に話すと「君から臭いはしないし 胃から臭いが漏れることはない」と言われました。インターネットで検索しても、そう書いてありました。
その後、大学で仲の良かった友達がほぼ留学してしまい、元々進路の変更を考え始めていたので2年の時に退学し、翌年から新たに1年生として専門学校へ入学しました。
そこではクラス制で、やはり席が固定され、アの名前なので1番前の席でした。中学校以来の、席が密着した空間に、私はとても緊張し、初めは授業が頭に入りませんでした。
ここでの記憶は今でも新しく、隣の子や後ろの席の子には、常に舌打ちをされ、溜息をはきながら臭っせと言われ続けました。
遂に耐えられなくなり、誰にも相談しないで、胃カメラをしに行きました。検査の結果、逆流性食道炎の可能性が少しはある、という事だけ分かりました。
そこで担任の先生に説明したら、理解してくださり、今年度2年生になった私を1番後ろの席にして下さいました。
タイムリーな話なのですが、昨日の英会話の授業で前に席が空いていたので来いと言われ座ったところ、後ろの席の男子にスカンクと言われました。本当に傷つきましたが、今では若干慣れました。
この体験談だけを見るととても暗い人生を送ったかのように見えますが、学生時代は吹奏楽部に所属し、現在は某テーマパークで働き、本当に仲良くしてくれる友達は、においに関係なく仲良くしてくれています。
この症状は生活の質を下げますが、私は楽しく生活しています。
小学校から今までで、1番悲しかったのはこの症状に周りの理解が無かったこと。
大丈夫だよ、と言われる事は、辛かったです。大丈夫じゃないから困っているのです。
保健の先生はおばちゃんでしたが明らかに心からは心配してくれてないのが、中学生の私でも良くわかりました。
『私お腹の調子悪いから沢山オナラしちゃうのよね って言っちゃえばいいじゃない!』などと言われましたが、そんな事、私に言えるはずもありませんでした。
今も変わりませんが、中学生の年頃は心がとても繊細だと思うので、オナラが無意識に出ている という事実がどれだけ恥ずかしい事なのか、理解して頂き、掛ける言葉に気を使ってもらえれば嬉しいです。
私の場合ですが、適当な励ましには、逆に傷つきました。
私は、過敏性腸症候群の専門医を訪ねたこともありますが、医師の先生とその息子はガス型ではなく下痢をするような、胃が弱いタイプでした。
だからかも知れませんが「おならは絶対、自然にはもれない」と説明され『信じられないならまた来ても良いよ。でも僕は何度も同じ説明をするだけ。いくらでも同じ説明をしてあげるよ』といわれました。
それでも気になるという患者には、特別にガスをすると色で分かるカメラを使用し24時間撮影し 自分が匂われてるかも知れないと感じたらボタンを押す。という実験をしたそうです。
しかし、彼らがボタンを押した時、全くガスは漏れていなかったそうです。「長年悩んで来たことを否定されるのは、受け入れがたいことだと思います」と言われましたが周りの人にオナラした?ゲップした?など と実際に言われるのに、そのような事、納得出来るはずありません。
学校の先生に出来る事は、普通の生徒と全く同じように接しているようにしつつ席替えを、毎月やるようにしているのならば、半年に一度などに変えて、生徒がクジを引くのではなく先生が作ると初めから決める。
など、そういう生徒を上手く、後ろや端に置いてあげるようにする事が生徒にとっては、1番ありがたいんじゃないかなと思います。
あとはあまり目立たずトイレに行かせてもらえると嬉しかったですが、それは難しいことかもしれません。
それ以上は個人の問題で、少しでも良くする為に胃の薬などを見つけたりオナラパンツを保健室に用意してあげるのも良いかもしれません。私がオナラパンツの存在を知ったのは割と最近でした。
小・中学生のうちはお小遣いも足りなくても親に言いだせなかったり、もしくはその存在自体を知らずに買えない生徒も多いと思います。
彼らにとって、過敏性腸症候群というのは、とても言いづらく恥ずかしい事だと思います。ですから、繊細な年頃の生徒の声に、理解できなくても、優しく心から寄り添って頂けるととてもありがたいです。
割とネガティブな経験の話ばかりとなりましたが、どうか、経験者の1人としての体験を先生に伝えてあげてください。☺️
みんなのコメント
私が過敏性腸症候群になったのは中学2年の時、虐めにあい、いじめっ子とすれ違った時に「ちっ」と舌打ちされて全身に悪寒が走りました。それから緊張するとボコボコとお腹がなり始め、ガスが常に漏れている状態が続きました、学生時代はほんとに地獄でした。それから7年経って社会人になった今でもガスが漏れる症状はありますが昔よりマシになりました。それに相談できる人が周りにいるので救われています。過敏性腸症候群の原因になったいじめっ子は許せませんが復讐したいというよりもう関わりたくないです。
働いてお金が使えるようになった今過敏性腸症候群を治すことに専念しています。